こんにちは、InnoBaseLabの英です。
近年の高効率SIエンジンでは、燃費・CO2低減に向けた熱効率向上だけでなく、RDE(Real Driving Emissions)への対応を含めた実走行時の排出ガス性能も重要になっています。
特に高負荷領域では、従来、触媒を含む排気系の保護やノッキング回避を目的として、リッチ燃焼を適用しながら高出力を確保する手法が用いられてきました。しかし現在は、実走行時のエミッション悪化を最小限に抑える必要があり、全域λ=1(理論空燃比)運転の実現を目指した開発が進められています。
そのため、高圧縮比化による熱効率向上と、高負荷・λ=1運転におけるノッキング抑制をいかに両立するかが、SIエンジン開発における重要な課題となっています。
先日開催された自動車技術会 2026年春季大会では、日産自動車より第3世代e-POWER向け新型1.5 L 3気筒ターボエンジンの燃焼技術に関する講演がありました。この発表では、高圧縮比化に伴うノッキング課題に対して、早閉じミラーサイクル、コールドスプレーバルブシート、大径ターボチャージャー、STARC燃焼コンセプトなどを組み合わせることで、高熱効率と高比出力の両立を図ったことが報告されています。
このような実機エンジンの設計では、圧縮比、吸気圧力、バルブタイミング、燃焼位相、残留ガス、冷却、過給システムなど、多くの因子が相互に影響します。すべての組み合わせを総当たりで評価することは現実的ではなく、効率的に有望な設計領域を探索する仕組みが重要になります。
Reaction Bench SIエンジンモデルによる制約付きパラメータ最適化
そこで今回は、InnoBaseLabが開発する Reaction Bench のSIエンジンモデルに新たに追加した ベイズ最適化機能 を用いて、早閉じミラーサイクルに類似したコンセプト検証を行いました。
検証したコンセプト
今回確認したい仮説は、次の通りです。
IVCを早めることで有効圧縮比を下げ、ノック余裕を確保する。 その余裕を使って幾何圧縮比を高めることで、一定負荷条件における図示熱効率を改善できるのではないか。
IVCを早めると、有効圧縮比を下げられる一方で、吸入空気量が低下し、IMEPも低下しやすくなります。そこで今回は、吸気圧力も探索対象に加え、一定IMEP範囲を満たしながら、圧縮比とIVCの最適な組み合わせを探索しました。
なお、日産自動車の発表では、大径ターボチャージャーによる排気圧力低減や残留ガス低減も重要な要素として示されています。ただし、今回のReaction Bench SIエンジンモデルでは、ターボチャージャーマップや排気系の詳細モデルは扱っていません。そのため本記事では、大径ターボチャージャーそのものの最適化は対象外とし、吸気圧力、圧縮比、IVCの3変数に着目したコンセプト検証として整理しています。
計算条件
今回の最適化計算では、以下の条件を設定しました。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 燃料 | H2: 100% |
| 酸化剤 | N2: 79%, O2: 21% |
| 目的関数 | 図示熱効率の最大化 |
| 探索パラメータ1 | 圧縮比:10〜20 |
| 探索パラメータ2 | IVC:90〜240 deg.CA ATDC |
| 探索パラメータ3 | 吸気圧力:0.5〜2.5 bar |
| 制約条件1 | 900 < IMEP720 < 1000 kPa |
| 制約条件2 | MFB at Knock Onset > 80% |
目的関数は、図示熱効率、すなわち Net Indicated Thermal Efficiency としました。
制約条件として、IMEP720を900〜1000 kPaに制限しています。これにより、単純に出力を上げる方向ではなく、同等負荷条件における効率改善を評価できます。
また、ノッキングについては、ノック発生時のMFBが80%を超えることを条件としました。これは、主燃焼の大部分が終了するまではノックが発生しない条件を探索する、という考え方です。
ベイズ最適化による探索結果

今回の探索では、制約条件を満たす最良条件として、以下の組み合わせが得られました。
| 項目 | 最良条件 |
|---|---|
| 圧縮比 | 19.77 |
| IVC | 90 deg.CA |
| 吸気圧力 | 1.95 bar |
| Net Indicated Thermal Efficiency | 48.18% |
| IMEP720 | 999.7 kPa |
| MFB at Knock Onset | 100% |

最適化の結果、IVCは探索範囲の中で最も早閉じ側、圧縮比は高圧縮比側、吸気圧力は約2 bar付近となりました。
これは、早閉じIVCによってノック余裕を確保し、その余裕を使って圧縮比を高めるという今回の狙いと整合する結果です。
探索履歴から見えるベイズ最適化の効果
探索履歴を見ると、初期段階では制約を満たさない条件や効率の低い条件も多く試行されています。一方で、探索が進むにつれて、制約を満たしながら高効率となる領域へ計算点が集中していく様子が確認できます。
単純な総当たり計算では、圧縮比、IVC、吸気圧力の各組み合わせを細かく評価する必要があります。例えば各パラメータを20水準で振るだけでも、20 × 20 × 20 = 8000条件になります。さらに制約条件を満たすかどうかを確認する必要があり、実務的には計算コストも結果整理も大きくなります。
一方、ベイズ最適化では、これまでの計算結果をもとに「次に試すべき有望な条件」を逐次的に選択します。そのため、限られた計算回数でも、制約を満たしながら目的関数が高くなる領域を効率的に探索できます。
結果の考察

並行座標プロットおよび散布図から、高効率条件は次の領域に集中していることが分かります。
- 高圧縮比
- 早閉じ側のIVC
- 高めの吸気圧力
圧縮比については、高くなるほど図示熱効率が上昇する傾向が明確に見られました。これは、幾何圧縮比の増加により理論サイクル効率が向上するためです。
一方、実機では高圧縮比化によりノッキングが発生しやすくなります。今回の結果では、IVCを早めることで有効圧縮比を下げ、圧縮端温度を抑える方向に働いたため、ノック制約を満たしながら高圧縮比側の条件が選択されたと考えられます。
また、早閉じIVCによって低下する充填量は、吸気圧力の上昇によって補われています。今回の最良条件でも吸気圧力は1.95 barとなっており、一定IMEPを維持するために過給が必要になることが確認できました。
以上より、今回の簡易SIエンジンモデルにおいて、早閉じIVC、高圧縮比、吸気圧力上昇を組み合わせた高効率化の方向性を確認できました。
今回の計算でできたこと、できていないこと
今回の結果は、早閉じミラーサイクルと高圧縮比化の関係を考えるうえで有用なコンセプト検証になりました。
一方で、実機エンジンをそのまま再現したものではありません。今回のモデルでは、水素燃料と簡略化したSIエンジン条件を用いており、吸排気の圧力脈動や燃焼速度、ターボチャージャーによる排気圧力の変化などは含まれていません。
特に、大径ターボチャージャーの効果については、実機では排気圧力低減、残留ガス低減、排気温度低減、ポンピング損失低減などが重要になります。今回のReaction Bench SIエンジンモデルではターボシステムを直接扱わないため、これらの効果は最適化対象から外しています。
したがって今回の結果は、実機性能の再現ではなく、早閉じIVC、吸気圧力、圧縮比の関係を簡易SIエンジンモデルで探索したコンセプトスタディとして位置づけています。
Reaction Benchのベイズ最適化機能でできること
Reaction Bench の新しいパラメータ最適化機能では、エンジンモデルや燃焼計算に対して、複数の設計変数を同時に変更しながら、目的関数と制約条件を設定した探索が可能です。
今回のように、
- 図示熱効率を最大化したい
- IMEPは一定範囲に収めたい
- ノッキング条件は満たしたい
- 圧縮比、吸気圧力、IVCを同時に探索したい
といった問題に対して、総当たり計算ではなく、ベイズ最適化によって効率的に有望領域を探索することができます。
また、探索履歴、実行可能解、非実行可能解、最良解、並行座標プロット、各パラメータと目的関数の関係などを可視化することで、単に最適値を得るだけでなく、なぜその条件が有利なのかを考察しやすくなります。
まとめ
今回、Reaction Bench のSIエンジンモデルに追加したベイズ最適化機能を用いて、早閉じミラーサイクルに類似したコンセプト検証を行いました。
目的関数を図示熱効率の最大化、探索パラメータを圧縮比、IVC、吸気圧力、制約条件をIMEPとノッキングMFBとして設定した結果、制約条件を満たす範囲で、高圧縮比、早閉じIVC、高めの吸気圧力を組み合わせた高効率条件が得られました。
Reaction Benchは、詳細な3D CFDや実機試験を置き換えるものではありません。しかし、詳細化学反応を考慮しながら基礎的な燃焼特性の理解からレシプロエンジン環境への応用まで幅広く燃料や燃焼を理解・考察し、今後の方向性を検討する効率的な手段の1つとして活用いただけると思います。
参考文献
松崎伊生ほか、「第3世代100%電動駆動ハイブリッド車専用 新型1.5 L 3気筒エンジンを支える要素技術-第1報 燃焼性能技術開発-」、自動車技術会2026年春季大会学術講演会講演予稿集、文献番号20265099、2026年。
InnoBaseLab では、内燃機関の開発支援から燃焼化学反応解析ソフトウエアの販売まで、幅広くお客様のシステム開発の支援をさせていただいております。 研究開発現場の支援を通じて、次世代エネルギー技術の発展に貢献していきます。
開発支援事例(一部)
- エンジン実機の燃焼解析・解析ツール開発
- 燃焼化学反応解析(着火遅れ・層流燃焼速度・エミッション)
- Cantera計算環境開発・UI開発・自動化ツール開発
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